過去10年間の歩みとこれから。

この記事はPen Spinning Memorandum参加記事です。
今回「ペン回しのことなら何でもいいとの事」と、「普段あえて言わない事」ということで、過去のペン回し界の事について書いてみようと思います。

昔の自分の事や過去のCV、PVの事については書いたことがあっても、ペン回し全体の過去の流れを詳細にこうやって書いてみたことはこれまで無かったような気がします。また、文才がない私にとって、自身以外の事柄について書くのは、結構挑戦だったりします。今回は主に2005年~2007年の事にスポットを当てたいと思うのですが、これからのペン回しの為にも、やはり今活躍されているスピナーの方に過去の出来事を知って欲しいと思ったので、この記事を書きました。

※本文中で過去のスピナーの方の名前が出ている部分がありますが、掲載に問題があれば言っていただければ修正いたします。

長文・乱文につき、お見苦しい所もあると思いますが、少々お付き合い下さい。

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10年。
これが何を指すか皆さんわかるでしょうか。

これは私が始めてCVに出演して、今年で10年目であることを意味します。
このブログでも過去に触れましたが、私がペン回しを始めたのは2005年ですが、ネット上で始めてCVを企画・編集・出演したのは、2006年5月の事だったりします。

そこで今回は、せっかくこんな機会を頂いたという事と、10年目の節目という事で、過去を振り返ってみようと思います。
最近JEBが暫定的に復活したのも記憶に新しいと思いますが、文章の長さの事もあり、今回はJEBがまだland.toサーバーだった時代、おっかーさんがまだ管理人だった時代の2005年~2007年を中心に述べていきたいと思います。

※私の独断と偏見で書いているので、記述に間違いがあるかもしれませんが、そこはご愛嬌という事で。
※また、結構長文なのでお時間があるときに以下追記からお読み下さい。

(2005年)
2005年は、PSNシリーズの始まりや、JEB開設、JapEnシリーズの始まり等、今のペン回しの礎ともいえる物が沢山生まれた年でした。

JEBが公開される2005年上半期は、2005年3月8日に公開された「ペン回し資料室」とシンガポールのtohlzさんのページ「Penstudioz」のPVである「The Asia Penspinning Presentation」や、「ペン回しの惑星」のPV2ndが公開されていたり、hanataro_7さんの「■PENSPIN■」、DaReKaさんの「ペン回しの惑星」等の有名サイトがまだ活動しており、表面化でペン回し界全体が発展の兆しを見せていました。

その後、2005年08月。
まだ確立されていなかった国内の主要なペン回しの交流サイトとして、JEB(JapEn Board)がland.toサーバーでおっかーさんの手によって設立されました。それまでは「私のペン回しの歴史」や「PENMA」、「ペン回しの惑星」といった有名サイトの掲示板や、2chの本スレ等が主な交流場所でしたが、このJapEn Boardが出来たことにより、日本を代表するフォーラムが誕生しました。

この頃の国内のペン回しの動向としては、本スレ(文具板)でps-728さんらによるPSN1stが2005年08月10日に公開され、翌月には、ペン回しの惑星3rdPVが公開されています。また、ペン回し資料室の管理人ayshさんが、「タモリ倶楽部」に出演するなど、国内でのCV制作、メディア進出等が徐々に増えてきた時でした。

この頃の私といえば、まだまだソニックも十分に出来ない腕前で、ダブルチャージが出来たことに喜んでいた覚えがあります。また、この頃からペン回し関連の動画や画像を集め始めました。


その後、2005年12月にJapEn1stが公開され、「才能の限界はまだ先」という名言も生まれました。

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(2006年)
touzi jeb
↑当時のJEBの上部ページ(2006年03月30日撮影)

2006年は、国内スピナーによるCV制作の急増、他フォーラム(外国)とのコラボ企画、世界初の国際的ペン回しトーナメントの開催(~2007年にかけて)等がありました。また、夏頃の「惑星組(DaReKa、aaaa、bAKa)の休止宣言」等から端を発するスピナーによる世代交代の兆しが見えてきた年でもありました。

この年から国内でもCVの制作が活発化してきました。
2006年に国内で一番初めに公開されたCVは、JEBとFPSBによるコラボレーションビデオ「日仏コラボレーションビデオ」で、それを皮切りに、「canalshadow(後のsaiさん) 1st」「PSCV1st(図書館CV)」、「Penspent1st」などが公開され、後のペン回し界のエースとなるスピナーの活動が活発化してきた時期でもあります。ちなみに2006年4月頃には、初代のしたらば掲示板が公開されています。

この年は、なんと言っても国内におけるCV制作が急増した年で、2005年の5本と比べて2006年は150本ものCV(PVも含む)が作られました。ちなみに私も、この年にはCV、タッグビデオ合わせて6作品の編集を担当しており、2006年5月に制作した「Pen Giga Zero 1st CV」が、出演1作目となってます。また、この年から国内で「ペン回しチーム」が乱立し、HAKさんによる「Penspent」や、ps-728さんの「Illusionary Spinners」、RYOさんによる「Evolving Spinners」等が結成され、特に「Evolving Spinners(ES)」は、一流の技術を持ったペンスピナーが集っているという点において、ES加入が一種のステータスになるとも言われていました。

メディアへの露出についても、2006年3月のbonkuraさん出演、2006年4月のDarekaさん出演、2006年6月のRYOさん主演等、当時一線で活躍されていた方が続々とテレビでペン回しを披露していました。今考えてみると、翌年出来る日本ペン回し協会の様な公的な団体がなかったにも関わらず、このようにメディアに取り上げられていたということは、メディア関係者にもペン回しはある程度注目されていたという事でしょうか。もちろん、メディア進出や露出に関して、尽力してくださったペンスピナーの方、その是非について議論してくださったペンスピナーの方の存在を抜きにこの事は語れませんが、TVの前でペン回しを見れるという事において、当時物凄く興奮したことを覚えています。

私がJEBに登録したのはこの年の4月で、当時は毎日の様にスレッドが経ち、とても活気に満ちていたことを覚えています。
当時はJEBchatというJEBの公式チャットという物があり、そこに毎日の様に入り浸っていました。
前にこのブログでも書いたと思いますが、苦い過去として「PSN2nd」への参加希望(結局動画募集期間外で出れなかった)と、「ES」への入団審査で落ちるという事があり、私と同じように、この当時から今でもなお活動されているスピナーの方の黒歴史も色々あるのではないでしょうか。

ちなみに、2006年当時はCVを公開する時の手段としては、動画ファイルを直接アップロードして、そのDLURLを公開するという手法が一般的であり、よく使われていたサーバーがrapidshereでした。また、この頃はyoutubeの知名度が上がってきていた時期でもあり、本スレやPSNチャット等で公開されていた拾いCVがよくアップロードされていましたが、一般CVの公開場所としてはまだまだ認知されていませんでした。

あと夏頃には、本スレでの分裂(?)のような出来事が起こります。ここのところは余り詳しくないのですが、いわゆる本スレを「文具板」と「曲芸板」のどちらで進めるかといった内容で、結局「曲芸板」に移ることになるのですが、したらば掲示板「ペン回し@雑談掲示板(初代)」の隆起もあり、最盛期の盛り上がりは本スレでもそれ以降見られないようになりました。この詳しいことに関しては、同時期に制作された拾いCVである「秘密基地」に詳しく取り上げられています。

話を戻して、あと触れておかなければならないのが、8月に出された「惑星組」の休止宣言。
確か学業の関係で休止しなければならないとの事でしたが、この頃から2004~2005年に活躍されていた黎明期のスピナーの方々が続々と活動を休止していったということを記憶しています。ここからスピナーの「世代交代」という物が始まっていったのかもしれません。


その後、2006年12月25日にはSunriseさんによるJapEn2ndが公開され、JEBもパンク状態寸前になるという中、2007年を迎えることになります。

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(2007年)
2007年は、国際的ペン回しトーナメント(world tournament07)の開催、JEBでの初のトーナメント(JEBT)の開催、日本ペン回し協会の設立とそれに伴うメディア進出、bonkuraさんの急逝等、近年の一つの節目ともいえる重大な一年でもありました。

2007年の1月から4月頃にかけて、CrAsH(Alex)氏による世界初の国際的ペン回しトーナメントである「world tournaments07」が開催されました。このトーナメントには、世界8カ国からスピナーが参加し、最終的には優勝がPDSのKTH氏で、ps-728さんが5位という結果に終わりました。

国内ではその後、5月頃からES主導の国内初のトーナメントであるJEB Tournament(JEBT)が開催されたり、7月には公式団体である「日本ペン回し協会」が設立され、「第1回総会」が行われたりと、様々なイベントや出来事が開催され、特に「第1回総会」が開催された当時はペン回しがメディアに多く露出してました。「第1回総会」は、悪天候に見舞われたこともあり、実際に出席された方は苦労されたという話を伺ったことがあります。またJEBTでは、「アニス」というHNのスピナーが公式ホームページをハッキングしたりと、様々な運営妨害を行い、何かと騒がせていました。

2007年にも様々なCVが作られ、その中には後の有名タイトルになったものが多数あります。その一つが2007年1月に1stが公開された「SPSLシリーズ」。私は2ndと3rdに出演させていただいていますが、惜しくも2013年を持って最終作が公開されてしまいました。また2007年3月に1stが公開された「ZUNDAシリーズ」、シリーズとしては続いていないものの、2006年当時から物議をかもした「100人CV」等など、沢山のスピナーの方々が創意工夫を駆使してバラエティーに富んだ作品が作られました。

そして9月。色々な課題がありながらも着実に進歩していた日本のペン回し界を大きな悲劇が包みます。
2007年9月13日、ペン回し協会の副代表も勤めていたbonkuraさんが心不全で21歳の若さで急逝されてしまいます。
この出来事は当時リアルタイムで私の耳にも入ってきましたが、暫くは信じられず、耳を疑ったことを覚えています。
当時のスピナーの方々が運営していたブログのエントリーでも、この出来事に対する皆さんの悲痛な叫びが書かれており、ある方の「bonkuraさんの意思を引き継いでいかなければならない」というブログの記事を読んだ時には、私も涙ぐんでしまいました。

その後、SNS騒動等を挟んで、10月頃からJEBの管理がおっかーさんからESに変わり、レンタルしているサーバー容量の限界等の理由により、新しいサーバーによる「新JEB」が計画されていきます。


2007年12月25日には、JapEn3rdが公開。新年を迎えると同時に「新JEB」が解禁されるといった予定で、新しいペン回しの時代が開かれていくことになりました。

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↑当時の公開時の様子(2007/12/25撮影)。

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いかがだったでしょうか。
駆け足で2005年~2007年までを書いてみましたが、2006年~2007年に掛けては、ここでは書き表す事が出来ない程、沢山の出来事がありました。これから日本のペン回し界、また世界のペン回し界はどのような将来を辿っていくのでしょうか。楽しみです。
最後にこのイベントの主宰・また招待してくださった、pragueさん、TheCAWWさん、ありがとうございました。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。それでは。
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[ 2016/09/08 21:00 ] ペン回しとか | TB(-) | CM(1)

最近、久しぶりに某企画に参加させて頂いたついでに、
今のペン回し界について色々調べておりますとこちらに辿り着きました。
丁度私がペン回しに熱をあげていた時期の話がまとまっていて読み応えがありました。
素晴らしい記事をありがとうございます。

ただ、老婆心ながら一つだけ訂正を…
Illusionary Spinnersは私が企画したチームでは無かったと思います。
10年近く前の話で、旧JEBのログを辿ってもはっきりしなかったので誰が作ったものだったかは定かではありませんが…

しかし、あの時期を共に過ごされた方が今でも現役で御活動をされているのは嬉しい限りです。
今後の御活躍をお祈り申し上げております。
[ 2016/12/24 14:28 ] [ 編集 ]

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